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札幌地方裁判所 昭和43年(ワ)1272号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、次に、被告が訴外北村と昭和四三年二月二〇日保険者を被告、被保険者を同訴外人とし、被保険者が加害車による対人損害賠償責任を負担することを保険事故とし、保険金額を金一、〇〇〇万円とする保険契約を締結したことは当事者間に争いがないところ被告は抗弁として免責条項該当の主張をし、そのうち右保険契約には自動車保険普通約款が適当され、同約款第二章第四条(2)によれば保険加入車両が酒に酔つた運転者によつて運転されているときに生じた事故については保険者は損害を填補する責に任じない旨定められていることは当事者間に争いがない。

そこで以下本件事故が右免責条項の場合に該当するかどうかにつき判断する。

(一) <証拠>を綜合すると、訴外北村は本件事故当日勤務を終えた後午后七時頃から事故直前の午后一〇時前頃までの約三時間にわたつて札幌市藻岩下の飲食店「みしま」において飲酒し、その飲酒量は概ね四合ないし五合程度であつたこと、右飲酒時間のうち初めの時期に比較的多く飲酒したこと、飲酒を終えて帰宅のため加害車を運転し、運転開始五分位して本件事故を惹起したこと、同人は素質的に酒に強く平素から酒を好み、その酒量は概ね7.8合にもおよび稀には一升にもおよぶこともあり右7.8合程度飲酒しても目付きが強くなりやや多弁となりあるいは足元がやや不安定になる程度でそれ以上特にみだれを見せることもなかつたこと、本件事故直前右「みしま」を出る際にも外見上酩酊の徴候はみられなかつたこと、右飲酒経過や本件事故直前直後の事柄についての同人の記憶はかなり明瞭であること、および本件事故の直接の原因は、同人が助手席の友人と話をするため横を向いていて被害者の発見が遅れたことにあり、同人は被害者を発見してあわてて制動措置をとつたがその措置をとるとほとんど同時に加害車を被害者に衝突させてはねとばしたことをいずれも認めることができ<反証排斥>。

(二) ところで、運転者が「酒に酔つた状態」とは、運転者が「アルコールの影響により車両の正常な運転ができないおそれがある状態」(道交法第一一七条の二第一号参照)を指称するものと解すべきであり、そしてそのような状態にあるかどうかは、その者の当時の言語振り、顔貌の様相、歩行状態、直立能力および運転振りなどの外観的観察およびその者の飲酒した分量・飲酒後の経過時間・平素の酒量などの内的観察の両面から推し測るべきものであるところ、右認定の事実から外観的観察をもつて訴外北村が当時飲酒の影響により車両の正常な運転ができないおそれがある状態にあつたとは直ちに判断し難く、本件事故現場である石山通りが巾員の広い幹線道路であることは公知の事実であるが、事故当時が夜間であることを考えると、このような道路を進行していて横断歩行中の被害者を衝突直前まで発見しえないという事態は運転者がアルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態にあるのでなければ考えられないとの経験則が必ずしも妥当するとはいえず(また夜間で交通量が閑散であつたとすれば、その安心感によりかえつて歩行者の発見が遅れるという事態は応々にしてありうることである。)、右認定事実のほかに右のように判断すべき資料となる外観的事実はこれを認めることができない。

そこで次に、同人の飲酒量等からみて、経験則上同人が右の状態にあつたものと推認できるかどうかを検討することとする。

(三) 飲酒量と酩酊度との関係は、まず飲酒による身体中のアルコール保有量を介して考察すべきものと考えられるところ、飲酒とアルコール保有量との関係に関する実験例(就中本件の訴外北村の飲酒量に比較的近いもの)として、次のものが認められる。

1 <証拠>により認められる例。

被検者二一名に清酒五四〇ミリリットル(三合)を三五分間で飲酒させ、飲酒終了後三〇分、六〇分、九〇分、一二〇分の各時点において保有する血中アルコール濃度を測定した結果は次のとおりであつた。

三〇分後  濃度0.5mg/g(約0.05%)(以下単位省略)未満のもの七名、0.5以上1.0未満のもの二名、1.0以上1.5未満のもの六名、1.5以上のもの六名

六〇分後  0.5未満五名、0.5以上1.0未満三名、1.0以上1.5未満六名、1.5以上六名

九〇分後  0.5未満七名、0.5以上1.0未満〇名、1.0以上1.5未満五名、1.5以上八名

一二〇分後 0.5未満七名、0.5以上1.0未満三名、1.0以上1.5未満〇名、1.5以上一〇名

(但し不足人数は測定不能)

右実験結果中従来の最高飲酒量が五合以上の者七名を抽出してこれをみると、三〇分後、九〇分後および一二〇分後とも七名中五名までが、また六〇分後においては四名までがそれぞれ0.5未満となつている。

2 <証拠>により認められる例。

被検者一〇名にその体重に比例して三九〇ないし五四五ミリリットル(三合前後)の清酒を五分以内に飲酒させ、飲酒後一〇分、三〇分、一時間の各時点でその血中アルコール濃度を測定した結果は次のとおりであつた。

一〇分後  0.5mg/ml(0.05%)(以下単位省略)以上1.0未満のもの七名、1.0以上1.5未満のもの三名

三〇分後および一時間後

0.5以上1.0未満のもの九名、1.0以上1.5未満のもの一名

3 <証拠>により認められる例。

被検者一八名(清酒を飲用したもののみ)に清酒1合ないし2.7合(平均約1.7合)を概ね五分間以内に飲酒させ概ね三〇分後に呼気中アルコール濃度を測定した結果は次のとおりであつた。

0.25mg/l(0.05%)未満のもの一一名、0.25以上0.5(0.1%)未満のもの四名、0.5以上1.0(0.2%)未満のもの一名、1.0のもの二名

また<証拠>によると、飲酒に起因すると考えられる事故例二八例につきその運転者の血中アルコール濃度を測定した実験例として、0.5mg/ml(0.05%)未満のもの一名、0.5以上1.0未満のもの五名、1.0以上1.5未満のもの四名、1.5以上のもの一八名であつたとの例が認められる。

右の実験例からみても、飲酒とその結果身体に保有するアルコール濃度との関係は極めて個人差の大きいものと考えられるところ、本件事故当時の訴外北村のアルコール保有量について考えてみるのに、同人の飲酒量は四合ないし五合であつて右各実験例に比して多量であるけれども、他方同人は前認定のとおり右の量の清酒を約三時間という長時間をかけて飲酒したのであり、しかも初めの時期において比較的多く飲んでいるのであるから、これを単時間に飲酒し最も飲酒の影響の大きいと考えられる飲酒後三〇分ないし一時間において測定した結果に比較すれば、その飲酒の影響はより少ないものと考えられることを考慮し、更に同人は酒に強く、平素の酒量は7.8合にもおよぶことおよび前記認定の同人の当時の身体的外観などを考慮しつつ、右各実験例と比較対照し、また経験則を加味してこれを検討すれば、当時の同人の身体に保有するアルコール濃度は、0.05%を超えていた(従つていわゆる「酒気帯び」の程度にはなつていた)蓋然性は相当大きいものの、それ以下であつた可能性もないではなく、更に0.1%を超えていたことの蓋然性はかなり少ないものと判断される。

(四) ところで<証拠>によれば、身体に保有するアルコール濃度とそのアルコールの影響による酩酊度との関係は、一般にその者が酒に強ければ濃度にかかわらず酩酊度が低く、弱ければその逆であるという個人差はあるけれども、一応の相関関係はあつて一般的には、アルコール濃度が道交法第六五条所定の「酒気帯び」の限界である0.05%(血中濃度0.5mg/ml、呼気中濃度0.25mg/l)に満たないときはアルコールによる身体・動作への影響はほとんどなく、0.05%以上0.15%未満のときは歩行能力には支障がないが顔色に出、陽気・多弁となり、運動や作業の能力の減退が若干認められる状態になり、さらに0.15%を超えると運動失調を来たして正常な歩行が困難となり思考力も減退する状態になるものと考えられ、これを精神作用および運動機能の両面から車両運転能力に及ぼす影響についてみると、0.05%未満の段階では運転能力への影響はほとんど考えられず、一方0.15%を超えるときはほとんど確実に正常な運転能力を欠く状態にあるものと考えるべきであり、そして0.15%未満の段階でも0.1%以上に達すれば正常な運転ができないおそれがある状態に至る蓋然性がかなり高いといえるけれども、0.05%から0.1%の段階においては必ずしも右の蓋然性は高くはなくて、個人的差異やその時の精神的肉体的諸条件を考慮しなければいずれとも判断できないものと考えるのが相当である。(道交法は「酒気帯び」即ち0.05%以上の保有量での運転を禁止しているが、このことはアルコール保有量が右の程度に達すれば正常な運転ができないおそれの蓋然性が高いとの考え方に由来するのではなくて、アルコール保有量が右に達しない程度のときは運転に影響を及ぼす可能性が極めて少ないとの統計的事実に基づいてその運転を禁止したいことを意味するものと解すべきであるから、右「酒気帯び」と同法第一一七条の二第一号にいう「酒に酔い」との間には一般的にいえば相当の隔りがあるものと解すべきものであるから、このことから考えても、アルコール濃度が0.05%以上0.1%未満の段階においていわゆる「酒酔い」の状態にある蓋然性が高いとはいえないと考えるのが相当である。

(五) そうすると、前示のとおり訴外北村が本件事故当時その身体に保有するアルコール濃度が0.05%を超えていた蓋然性は相当にあるものの、それが0.1%を超えていた蓋然性はさほど高くないのであるから、結局同人が当時飲酒のために車両の正常な運転ができないおそれのある状態にあつたこと即ち酒に酔つていたことの蓋然性はさほど高くないものといわざるを得ず、結局同人の当日の飲酒量等からして同人が当時酒に酔つていたと推認することはできないといわざるをえない。

(六) なお、前認定のとおり本件事故の直接の原因は訴外北村が運転中助手席の友人と話をするため横を向いていたことにあるのであるが、同人がそのような不注意な挙に出たことにはアルコールの影響、特にそのための開放的気分が一端の原因をなしているのではないかと推測されなくもないけれども、仮りにそうであつたとしても、そのことが直ちに当時同人が「酒に酔つていた」ことの証左となるものでないことはいうまでもない。けだしアルコールの影響を人の精神作用に及ぼす影響の面からみれば、「酒酔い」とは、その影響が人の意識的な緊張によつては容易に克服し難い一定の程度に至つた場合をいうものと考えるべく、その影響が右の程度に達しないときは、それは単に人の精神作用に影響を及ぼす諸々の条件――たとえば人の喜怒哀楽の情の原因となる諸々の事柄――同様、その人の意思の抑制力に委ねられる範囲内のものというべきであり、そして「酒酔い」とは事故を起した時の人の一定の「状態」をいうのであつてアルコールの影響が結果的に事故の原因の一端を担つたかどうかとは直接関係のない事柄であるからである。そして本件においてアルコールの影響が右の程度を超えていたかどうかの判断は既に述べたとおりなのである。

さらに<証拠>によると、訴外北村は本件事故に関する刑事事件の公判廷において、弁護人からの「酒がはいると神経がにぶるからとつさの適切な措置がとれないということは判つていたか。」との質問および「正常なときなら横を向いていたとしてももつと早く発見できたね。」との質問に対し、いずれも「はい」と答えていることが認められるが、右は単に同人の意見をしかも弁護人の質問に迎合して答えたものにすぎないと考えられるから、これをもつて同人が当時酒のために神経がにぶつていたとか酒を飲んでいなければもつと早く被害者を発見しえたとかの事実を認めるに足りる資料とすることはできないのみならず、仮りにそのように認められるとしてもそれが直ちに当時同人が「酒に酔つていた」ことの証左になるものでないことは右の点と同様である。

以上に判示した以外に、訴外北村が本件事故当時酒に酔つていたと認めるに足りる資料は存在しない。

(七) よつて被告の免責の抗弁は採用することができないから、訴外北村は、原告らに対して前記損害賠償責任を負担したことにより、被告に対し金一、〇〇〇万円の保険金請求権を取得したものというべきである。

三、次に請求原因三項の事実中、訴外北村に資産がなく収入も少なくて、前記損害を原告らに賠償する資力がないことは当事者間に争いがなく、また同訴外人が自ら被告に対し前記保険請求権の行使をしないことは、弁論の全趣旨からこれを認めうべくこれに反する証拠はない。

そうすると原告らは同訴外人に対する前記損害賠償請求権を保全するため、同訴外人に代位して、各三分の一宛の割合をもつて同訴外人の被告に対する保険金請求権を行使することができるものというべきである。(浜崎恭生)

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